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鎌倉殿の13人と曽我兄弟の敵討ち〜工藤祐経が伊東祐親の孫・曽我十郎祐成と曽我五郎時致に討たれる

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「鎌倉殿の13人」に出てきそうな事件の1つに「曽我兄弟の敵討ち(そがきょうだいのかたきうち)」という事件があります。曽我兄弟のキャストは未発表です(2022年1月27日木曜日時点では未発表)

兄・曽我十郎祐成と弟・五郎時致が工藤祐経を討ち果たす

伊豆国伊東荘(現在の静岡県伊東市)の所領争いを巡って、1193年に鎌倉幕府の有力御家人の一人であった工藤祐経(くどうすけつね)(坪倉由幸さん)が、曽我十郎祐成(そがじゅうろうすけなり)と、その弟である五郎時致(ごろうときむね)に討たれるという事件です。

曽我兄弟の敵討ちの事件のいきさつやその後の時代になって、敵討ちの話が「曽我物語」として後世に語り継がれたことたことは、富士市役所や神奈川県立歴史博物館のホームページで説明されています。

「大いなる小競り合い」の中の曽我兄弟の敵討ち

「鎌倉殿の13人」の時代では、伊豆国伊東荘では所領争いがしょっちゅう発生していようです。

第1回「大いなる小競り合い」では、落ちぶれた姿で登場した工藤祐経が、曽我兄弟から見て祖父にあたる伊東祐親(いとうすけちか・浅野和之さん)に奪われたとされる所領を返すよう談判していました。

このエピソードは「曽我兄弟の敵討ち」を暗示しているかのようです。「大いなる小競り合い」とはよく言ったもので、「石橋山の戦い」(新しいタブで開く)の前哨戦といい、しょっぱなから後の大事件につながる種がまかれていましたね。

八田知家、曽我兄弟の敵討ちに乗じて常陸国守護の座を確保

「鎌倉殿の13人」の中には、曽我兄弟の敵討ち事件を利用して、自らの地位を安定させた抜け目のない人物もいたようです。常陸国守護の八田知家はその1人です。ご興味のある方は、引き続き上記の記事をご覧ください。