取材者はスポーツジャーナリストで、取材された側の清原和博さんはは高校野球・プロ野球業界では知らぬ人はいないというほどの超有名人です。内容はほぼ野球のことしか書かれていません。
「KKコンビ」として桑田真澄さんとともに活躍した甲子園時代、西武ライオンズ時代に名選手(山田久志さん・村田兆治さん・野茂英雄さん)とした対決、読売ジャイアンツ時代の闘志みなぎるプレー、ケガと闘ったオリックスバファローズ時代。40~50代の野球ファンの方なら、懐かしくて読むようなエピソードが満載です。
「清原和博 告白」は精神医療の本
しかし、この本の重要なところは、かつての名勝負や高校野球・プロ野球への思いではありません。書かれていることが「野球のことしかない」ということです。
「他の誰かのために良い仕事をする(清原さんの場合はホームランを打つこと)」・「好きでお酒を飲んでいる訳ではない」・「ゴルフもやるにはやるがあまり面白いとも思わない」・「プロ野球選手を引退すると何をしたら良いのか分からない」・「一流投手が投げる球は気合で打ち返すが、二流投手の球は集中力が抜けて凡打する」。
分かる人には分かる人と思いますが、これらはうつ病の人に見られる典型的な思考・行動パターンです。なおかつ清原さんの場合は、現役時代はプレーについて良くも悪くも感情の抑制がきかなかったそうです。
(ジャイアンツでチームメイトだった松井秀喜さんは)例えば、大チャンスに打てなくてチームが負けても、淡々としているんです。松井とはロッカーが近かったので、分かってたんですけど、あいつはホームランを打った日も、まるっきり打てなかった日も同じように淡々と着替えて、同じようにスパイクを磨いて帰っていくんです。感情を見せないんです。僕なんかはチャンスで打てなかった日は、ベンチからロッカーに戻って、椅子に座ったまま30分は動けませんでした。
松井は悔しくなかったじゃなくて、感情をうまくコントロールできる人間なんだと思います。僕とは根本的に違うんです。(P.120「肉体改造とグリーニーの理由」 より引用)
清原さんは覚せい剤使用にともなう治療中で重度のうつ状態にもあると書かれていますが、症状としては躁うつの状態に近いと考えられます。実際、取材者は長期間におよぶ取材中において、取材者が食事に誘われるなど、清原さんはときどき「多情」になっていたと書いています(P.241)。
「白い壁の店」というカウンセリングルーム
取材をするために使われていた「白い壁の店」は心療内科のカウンセリングルームを想起させます。取材者はカウンセラーであり、患者さんが話す内容をひたすら傾聴しています。取材者は清原さんが考えていることや過去に行ったことについて、特に良いとも悪いとも評価をしません。まるで心療内科の治療現場です。
なにせ自分自身が双極性障害(躁うつ病)を患って十数年も病院通いをしていますので文章を読むと、どんな状況で取材がされたか我がことのように把握できます。この本を読むまで清原さんは「雲の上にいる人」で異次元の住人かと思っていましたが、存在感がグッと身近になりました。
いまの清原和博さんの心境について
清原さんの往年の活躍を知る野球ファンの方がこの本を最後まで読んでも、おそらくすっきりすることはないでしょう。むしろ歯切れの悪さに戸惑うのではないでしょうか。またご本人もこれから何を心の拠り所として生きていけば良いの分からないモヤがかかったような様子です。
ただ個人的に精神疾患を患った経験からすると、ご本人の心境はよく分かります。むしろ「すっきりしなくて当たり前」です。精神疾患を患っている方にとって「不安」とは病気の症状ことを指します。いまの清原さんは、何か重大な決断をして行動をすることなどできないでしょう。「鉄砲の弾が体に当たって大量に出血するときに歩き回ることなどできない」ということと等しいと思ってください。
待てば海路の日和あり。止まない雨はない
もっとも本人が自覚を持って自分と向き合い考え方や行動を変えれば(心療内科の世界では認知行動療法という)、いつか「そんなこともあったか」と自分のことなのに自分ではない人を見るような心境になります。「なります」と言ったのは自分が精神科医であるからではなく、自分が長きわたって清原さんと同じような経験をしたからです。
精神疾患の治療による効果は、筋力トレーニングでつく筋肉のように第三者が見てもほとんど分かりません。これまでの人生で起こったすべてのことをひっくるめて、「そんなこともあったか」とご本人の口から自然と言える日が来ることを気長に待っています。待てば海路の日和あり。止まない雨はない。
野球ファンや清原和博さんファンの方だけではなく、精神医療に携わっている方や当事者の方にも広くおすすめしたい本です。