サイボウズ株式会社の青野慶久社長は難しいことをやさしく説明することが上手な方であると思います。この内容であれば、中高生・就活生・20代前半の方でも理解できるでしょう。「学校や親に教えてもらったことをそのまま丸呑みしても良いかどうか」ということを。
経済活動にさほど従事していないであろう若者に目線を合わせているせいか、カイシャの経営者についてダメ出しをしている箇所でもふんわりと指摘しているような印象を受けます。やはり青野社長は優しい方なのかもしれません。
30代以上にとっては「問題集」
だからと言って実務経験のある30代以上の方が、10代や20代の方と同様に「理解できた。分かりやすかった」で読み終えてしまってはいけないでしょう。それこそ本のタイトル通り「不幸」になるかもしれません。
例えば「何やっても許される代表取締役はなぜ存在できるのか」。かくいう自分(40代)は訳知り顔で書いていますが、「30代の方に向かって具体的に説明して」と言われればしどろもどろになったでしょう。
「新・生産性立国論」と「会社というモンスター」
ですが、最近になって「何やっても許される代表取締役はなぜ存在できるのか」を説明ができるようになるとても便利な本を読むことができました。「デービッド・アトキンソン 新・生産性立国論」です。
青野社長はダメな経営者のことをせいぜい「イケてない経営者(P.38)」という程度に表現を留めてくれますが、アトキンソンさんは舌鋒鋭く「奇跡的に無能な日本の経営者たち(P.167)」と激辛の表現で容赦がありません。
ではなぜ「イケてない経営者」や「奇跡的に無能な日本の経営者」は、カイシャというモンスターを操れるのでしょうか?アトキンソンさんは具体的に5つの理由を挙げています。
理由その1:株主のガバナンスが弱い
「株主のガバナンスが弱い」とうことは、株主の目からしてその会社が長期的に利益を出せるかどうか、監視できる体制になっていないということです。最近でこそGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が日本国内に上場している企業の株式を買い上げて、利益を出せるように経営者の尻を叩いていますが(公的年金積立金の運用益を出さないといけないから)。
もっともそういう状況を指して「官製相場」と揶揄されたりしますので、やはり株主のガバナンスは相変わらず強くないのでしょう。
理由その2:労働組合の弱体化
アトキンソンさん曰く「とんでもなく安い給料でも、真面目に働く労働者が日本にはいるので(P.192)」。だからこそ青野社長は「変わろう。動こう」とおっしゃっているんでしょうね。そもそも労働組合といっても組織率は15%程度しかありません。しかも年々衰微している状況で、被用者は組合が何かやってくれることをあまり期待しない方が良いでしょう。
理由その3:インフレがない
いわゆる「ライスワーク」のための給料について、青野社長は「会社というモンスター」で触れていません。一方でアトキンソンさんはこうおっしゃっています。
つまり日本では長いこと物価が上がっていないので、毎年給料が上がらなくても労働者の生活水準が著しく低下することはありません。そのため、労働者から経営者サイドにプレッシャーを欠ける真剣さが欠けてしまうのです。
毎月の給料から天引きされる、厚生年金保険料の料率変更もこの問題を助長させています。2000年代半ばから2010年代半ばにかけて厚生年金保険料は、約13%から約18%に上昇しています。
その上げ方はかなりセコい方法です。毎月の給与額面が30万円程度の方であれば、毎年において月々の厚生年金保険料は500円ぐらいしか上がらないように設定されています。生活水準の低下が分かりにくい隠れ蓑になっています。
理由その4:超低金利政策
中央銀行が超低金利政策を採用すると、企業経営者に銀行に対して高い金利を払わないといけないというプレッシャーがかかりません。そのため経営者は高い付加価値をつけて商品やサービスを販売しようとするモチベーションが湧きません。
サイボウズ株式会社では従業員の方に対して積極的に複業を勧められています。従業員の行動や思考の範囲をより広くすると、付加価値の高いサービスを生み出す可能性が高まるためです。
中央銀行による超低金利政策は、経営者に対してサイボウズが実践している施策と真逆の思考を許してしまいます。低金利は新しい価値を生み出し社会を豊かにするという、会社が本来果たすべき役割を阻害していることになります。
要は被用者が舐められている
あと、アトキンソンさんは「理由その5:輸入がきわめて少ない」ことも挙げていらっしゃいます。ただ「会社というモンスター」と「新・生産性立国論」とどのように関係があるのか分からないので、詳細は割愛します。
「会社というモンスター」と「新・生産性立国論」では主張することが異なりますが、主張する根拠については非常に似ていると感じた次第であります。「要は経営者から舐められているんですよ、働く側が」ということをお二方ともおっしゃりたいのではないでしょうか。